スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

第十一回 中南海のノベコラ「かわらずよいもの」

先日の生放送をご覧いただいた皆様、ありがとうございました。

生放送では、「ノベマス今昔」と題しまして。
ストレートPさんと天下Pさんを引き合いに、ノベマスの技法や流行のの変遷についてお話させて頂きました。

とはいえ生はたった一時間。
動画にしてたった10個やそこらで時代を語る無謀。
そこには掬いきれなかったものも多数あります。

その中の大きな物として、
「新しい手法や演出に乗らず、作品を創り続けたPさん」の姿があります。

今回はフォローアップとして、
そんなPさん達の姿を追っていきたいと思います。

続きを読む»

◆半角Pのノベコラ「伝えたいものと表現形式」

『誰にだって伝えたいものがある。
 難しいのはその体現。
 誰にだって伝えたいものがある。
 難しいのはその制作。
 誰にだって伝えたいものがある。
 難しいのはその方法。』
Original Piece Written by Frederica Bernkastel
Adapted by Tomo Hayashibara
 
 
 ニコマスPはそれぞれ何か「伝えたいもの」をもって作品を制作しています。
 「伝えたいもの」の中身は多種多様で様々でしょうが、この一点において、すべてのニコマスPは共通していると私は確信しています。
 
 今回のコラムは、その「伝えたいもの」が表現形式によってどのような影響を受けるのかという点をニコマスPの一人として考えてみようと思います。


1 表現形式による違い
 いきなり自分の話をしてしまって恐縮ですが、私はノベマスPであり、PVPでもあります。さらにいえば、私はもともと二次小説書きでもあり、一方で、とあるFMラジオで放送されたラジオドラマの脚本を書いていたりもします。
 
 なぜいきなりそんな話を、と思われるかもしれません。でも、そういうほんの少し特殊な(?)経歴をもつ私だからこそ、表現形式における違いについて感じるものがある、というのがこのコラムの出発点になっています。だから、私の経歴の話をさせていただきました。
 
 単純に分類して、私は、自分の「伝えたいもの」を表現するために、①「文章だけの表現」(小説やラジオドラマの脚本)、②「文章と映像とBGMによる表現」(ノベマス)、③「映像と音楽による表現」(PV)という3つの表現形式を経験しているということになります。
 
 当然のことですが、それぞれの表現形式には以下のような特色があります。
(もちろん、あらゆるジャンルと手法が存在するニコマスにおいては、その特色はあいまいになっている部分もあるでしょう。とはいえ、ここではそういういわば、境界線に存在する作品はひとまず置いておくことにします。以下、ここで述べるのはあくまで①から③までの表現形式のもっともオーソドックスな違いに主眼をおいていると考えてください。)

 具体的な違いの話に入る前に、わかりやすいように共通の具体例を設定しようと思います。ちなみに、具体例に意味はありません。思いつきです。


*具体例
 美希と765プロの事務所で出会った律子。既に何度か2人は会っているが、自分のことを呼び捨てにする美希に対し、律子は「さんをつけなさいよ、このゆとりぃ!!!!」と諭すように話す。
  なお、表現には一部脚色が存在しますw
 
  以下では上記の場面を「具体例」とよぶことにします。


2 ①「文章だけの表現」の場合
 まず、①については、当たり前のことですが「すべて文章で表現しなければならない」というのがもっとも大きな特色です。
 ①の表現形式で、具体例を描くとき、結構重要なのは、シーンの描き方です。つまり、「誰が」「どこで」「いつごろ」「どんなふうに」というようなシーンの細かな情報を文章できっちり描く必要があります。
 最低限、具体例でかかれているぐらいの情報を必ず(多くはいわゆる「地の文」で)表現しなければなりません。そうしないと、読者はどこでどんな風な場面で律子と美希がしゃべっているかわからないからです。
 しかも。
 ①の表現形式においては、そういう「シーンをどのように表現するか」、がそのまま作品の評価につながっている所があります。
 ちょっと想像していただければわかると思いますが、具体例の内容をそのままの文章で書いてもちっともおもしろい文章にはなりませんよね?
 そして、①の表現形式のおいては、文章しか存在していないため、「文章がおもしろくない」=「作品がおもしろくない」と直結しがちになります。
 
 この辺が①の表現形式の特色であり、最も難しい点であるとも言えるでしょう。


3 ②「文章と映像とBGMによる表現」の場合
 次に、②についてです。
 中南海Pがノベコラの第三回などででも触れているように、ノベマスの構成要素は、大きく言って、「文章、映像(絵)、BGM」です。
 要するに、①の表現要素に、映像とBGMが加わるということです。
 
 このような②の表現形式で具体例を描くとすると、どのようになるでしょうか。
 
  まず、考えられるのは、シーン描写に関する「地の文」の撤去です。
 ②には、映像があります。従って、背景として765プロの一枚絵を使用することによって、わざわざ場所がどこであるかを言う必要がありません。
  加えて。
 キャラクター絵を使用することにより、キャラクターの心理もある程度表現することが出来ます(例えば、律子の顔を怒ったグラフィックにしたり場合によっては拡大したり一瞬揺らしたりすることによって、律子が怒っているのだということを文章が無くても視聴者は知ることが出来ます。さらには、BGMの使用によって映像がもたらすメッセージ性はより高まることになります)。
 
 個人的感想で言えば、この点の違いは非常に重要です。
 
 私の経験上、①における表現形式の場合、もっとも難しいのが「キャラクターの心情の表現」です。
 ここをどううまく表現できるかによって、その人の文章力が決まると言っても過言ではないと思っています。
 しかしながら、②の表現形式では、あえてその難しい部分の表現をスルーすることができる可能性があります。
 
 これは非常に重要な差異であるといえるでしょう。
 
 とはいえ。
 
 それ故の難しさも存在しています。
 
 文章で表現しなくてよいということが、「作品中で描かなくて良い」ということにつながるわけではありません。むしろ、キャラクターの心情については、作品で描かなければならないものの一つであるとすら言えます。
 とういうことは。
 ②の表現形式においては、(キャラクターの心理表現について)「どういう画面構成をとるか」と「そこにどんな音楽をつけるか」という点にかなりの比重があるとも言えます。
 言ってみれば、②の表現形式においては、文章における比重が減る変わりに、映像とBGMの比重がおもくなるものであると言えるのです。


4 ③「映像と音楽による表現」の場合
 最後に③についてです。
 
 なのですが。
 
 結論から言うと、具体例を③の表現形式で描くのは非常に困難です。
 理由は簡単です。
 ①の場合で述べましたが、具体例を描くためにはシーン描写が重要となります。
 しかし、③における表現形式は、「映像(ノーマルPV)」と「音楽(楽曲)」しかありません。つまり、そもそも「文章」が要素として存在していません。
 従って、シーンを描写できないのです。
(もちろん、ストーリー系PVの存在が示すとおり、③の表現形式で具体例の描写が絶対に出来ないというわけではありません。ここでは、あくまで典型例について語っていると考えていください。)
 
 この点をより敷衍すると、③の表現形式の場合、描く対象として適切なのは、「映像がもたらすより抽象的な感覚」であるということです。
 
 「この曲を律子で歌わせたらこんなにかわいい」
 「真がこの曲にあわせてダンスしてくれたらすごいかっこいい」
 
 ③が描けるのは以上のような漠然とした感覚に近いものがあり、その点がこの表現形式の特色であるといえるでしょう。


5 「伝えたいもの」の中身と表現形式の選択
  では、以上の差異が「伝えたいもの」にどのような影響を与えるのでしょうか。
 
 私の経験から誤解を恐れずに言えば、表現形式は「伝えたいもの」の中身をある程度決定づけると思います。
 前述しましたが、③の表現形式で具体例を描くのは困難です。つまり、裏を返せば、PVPは具体例によって伝えられることを描くことが出来ないということでもあります(もちろんこの辺は極論している部分であり、絶対に無理かと言われるとそうでない可能性も存在します)。
 
 同じようなことは、①と②でも存在しています。
 たしかに、①と②の表現形式では、前述のように、一定程度の互換性はあるといえます。
 しかし、「文章だけ」で伝えられるものと「文章・映像・BGM」で伝えられるものとでは、やはり違いが存在します。そして、この違いは、③の場合と同じように「伝えたいもの」の中身に影響してくるのです。
 例えば。
 ②の表現形式では、アイドル達の汎用立ち絵を使用することが多いです。しかし、この立ち絵、ノベマスを作ったことがある方ならご存じのとおり、それほど表情の種類があるわけではありません。特に、現状、アイドルマスター2の立ち絵については、無印のそれと比べて、表情の種類が少ないという問題点があります。
 立ち絵の表情は、そのキャラクターの心情をより直接に表現します。しかし、立ち絵の種類が限定されていることから、描ける心情は自ずと限られてきてしまいます。特に、単純な喜怒哀楽にわりきれない、より複雑で微妙な心情については、立ち絵にその表情が無いこともあり、描くことが困難であると言えるでしょう(そのため、私はわざとアイドルの表情を映さない演出をとったこともあります)。
 つまり、キャラクターの心情が立ち絵という表現手段によってある程度決められてしまう側面があるということです。

 以上のように、なにげなく選択した表現形式のはずが、場合によっては、そもそもの根幹である「伝えたいもの」の中身を決定するというのは、忘れがちですが非常に重要なことだと思います。


 ところで。
 
 また私の話をさせてもらうと、私の「伝えたいもの」の根幹は、一言で言ってしまえば、
 
 
 「アイドルってこんなにステキなんだよ!」
 
 
 ということにつきます。
 
 ここまで単純化された「伝えたいもの」の場合、さまざまな費用対効果を考えると、PVという表現形式が一番しっくりきます。
 だから私は最近、PVばかり作っています。
 これも「伝えたいもの」と表現形式が密接に関連していることの一つの証だと思います。


6 最後に
 なんだか私自身がノベマスを作らない理由について釈明しているだけのような感じになってしまいましたが、最後にまとめを少し。
 
 表現形式は、「伝えたいもの」の中身を決めていく部分があります。
 
 もし、あなたが制作者なら、自分の伝えたいものがその表現形式で充分伝わるかどうかという点を一度考えてみると良いかも知れません。そのことが、自分の表現の幅を広げることにつながるはずです。
 
 もし、あなたが見る専であるのなら、作者がどうしてこの表現形式を選んだのかを考えてみるのも作品をより深く理解するための一つの方法になると思います。
 ぶっちゃけてしまうと、動画に関しては技術不足が表現形式決定の大きな要因の一つというのも事実です。
 とはいえ、ノベマスの中にも、文章に比重を置いているもの、映像に比重を置いているもの、音楽に比重を置いているものがあります。熟練した表現者なら、その形式を選んだ理由をまがいなりにも持っているはずですから、その辺を考えるのも解釈としておもしろい作業だと思います(ノベマスの表現形式についての比重については、もし次回があれば、論じてみたいと考えていたりします。)
  
  以上で私のノベコラは終了です。
  
 ものすごい長文におつきあいいただきまして、本当にありがとうございました。
 ご意見ご感想があったりした場合は、ツイッターまでいただけるとうれしかったりするのです♪
 
  最後までありがとうございました。






◆半角P

ノベマスマイリスト


PVマイリスト


ツイッター
https://twitter.com/shikakuhankakuP

第十回 中南海のノベコラ「完結する事のむずかしさ」

385/1152、大体3割弱。

一体何の数字でしょうか……と言うまでもなくタイトルでネタバレ。
ノベマスのpart1タグと最終回タグの比なんですね、これ。

この数字、皆さんはどう思います?多い?少ない?

7割強の物語が結末を迎えない、というのも怖い話かも知れません。
でもプロにだってお話を終わらせるのが苦手な方は沢山居ます。
誰とは言いませんが。

ましては二次創作、基本的には素人の趣味。
「勢いで始めたけど、続きが思い浮かばなくて……」
「中ぶくれした伏線に、納得のいく結末を与えられない!」
「忙しくなって、制作時間取れないし、正直飽きたし……」
というのも、致し方がない話。

容易いのは、決意すること。
難しいのは、決意を維持すること。

今日は、感動的な完結を迎えたお話を紹介致しましょう。

続きを読む»

第九回 中南海のノベコラ「ノベマスPのインプット~小説コラボから~」


創作にはインプットが大事、といいます。
それはノベマスにも言える話。

ノベマスもテキストですから、そこには文章の巧拙があります。
またノベマスは映像ですから、そこには演出の巧拙があります。

では、どうやってそれを鍛えるか。
先賢に触れるのはとても良い手段です。

色々なインプットが自分の中でかき混ざり、やがて自分の味になります。

ジョジョの荒木先生は、漫画の世界にロックを持ち込み、
ミケランジェロを持ち込んで、独創的な世界を造り上げました。
ビートルズは、それまでのジャズやクラシックの技巧を詰め込んで、
新しい音楽を生み、世界を魅了しました。


話が大きくなりすぎましたけれども。
では、ノベマスPはどこからネタを仕入れてくるのか。

同じテキストとして、小説はとても良い先輩だと思います。

そこで今回のお話。
今日はノベマスにおける小説のパロディをご紹介致します。
それを通して、Pさんが好きな作家先生を見てみましょう。

各Pさんの普段の作品と見比べると、受けた影響がわかるのかもしれませんよ。

続きを読む»

第八回 中南海のノベコラ「中南海選 特集:如月千早」

千早の魅力とはなんでしょうか。
歌唱力、中の人、スタイル。色々思いつくと思います。

その中で私がひとつ挙げるとすれば。
千早コミュにおける「成長」ではないかと思います。

各アイドルのコミュでは、それぞれが困難を乗り越え成長する姿を見守るワケですが。
その中でも、千早の姿というのはとりわけ記憶に残りました。

だって話が重い。群を抜く重さ。
家庭が崩壊してるって。弟さん死んじゃってるって。
しかし千早は豆腐メンタル。てめぇドタキャンすんなよ。

そんな千早が、仲間の助けを借りて。
襲い来る困難を乗り越え、ついには背負ったものと向き合える様にまでなる。

千早はやがて気づくんです。
自分が孤立してたのは、環境のせいでも周りのせいでもなく、
自分が困ったちゃんだったからだ、と。

この言葉を、多くのPは万感の思いで聞いたのだと思います。

そして二次創作。
やはり多くのノベマスPが千早の成長を描きます。
一体千早は、どんな困難を抱え、どう乗り越えるのか。

今日はそんな千早の姿を追ってみましょう。

続きを読む»

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。