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◆半角Pのノベコラ「伝えたいものと表現形式」

『誰にだって伝えたいものがある。
 難しいのはその体現。
 誰にだって伝えたいものがある。
 難しいのはその制作。
 誰にだって伝えたいものがある。
 難しいのはその方法。』
Original Piece Written by Frederica Bernkastel
Adapted by Tomo Hayashibara
 
 
 ニコマスPはそれぞれ何か「伝えたいもの」をもって作品を制作しています。
 「伝えたいもの」の中身は多種多様で様々でしょうが、この一点において、すべてのニコマスPは共通していると私は確信しています。
 
 今回のコラムは、その「伝えたいもの」が表現形式によってどのような影響を受けるのかという点をニコマスPの一人として考えてみようと思います。


1 表現形式による違い
 いきなり自分の話をしてしまって恐縮ですが、私はノベマスPであり、PVPでもあります。さらにいえば、私はもともと二次小説書きでもあり、一方で、とあるFMラジオで放送されたラジオドラマの脚本を書いていたりもします。
 
 なぜいきなりそんな話を、と思われるかもしれません。でも、そういうほんの少し特殊な(?)経歴をもつ私だからこそ、表現形式における違いについて感じるものがある、というのがこのコラムの出発点になっています。だから、私の経歴の話をさせていただきました。
 
 単純に分類して、私は、自分の「伝えたいもの」を表現するために、①「文章だけの表現」(小説やラジオドラマの脚本)、②「文章と映像とBGMによる表現」(ノベマス)、③「映像と音楽による表現」(PV)という3つの表現形式を経験しているということになります。
 
 当然のことですが、それぞれの表現形式には以下のような特色があります。
(もちろん、あらゆるジャンルと手法が存在するニコマスにおいては、その特色はあいまいになっている部分もあるでしょう。とはいえ、ここではそういういわば、境界線に存在する作品はひとまず置いておくことにします。以下、ここで述べるのはあくまで①から③までの表現形式のもっともオーソドックスな違いに主眼をおいていると考えてください。)

 具体的な違いの話に入る前に、わかりやすいように共通の具体例を設定しようと思います。ちなみに、具体例に意味はありません。思いつきです。


*具体例
 美希と765プロの事務所で出会った律子。既に何度か2人は会っているが、自分のことを呼び捨てにする美希に対し、律子は「さんをつけなさいよ、このゆとりぃ!!!!」と諭すように話す。
  なお、表現には一部脚色が存在しますw
 
  以下では上記の場面を「具体例」とよぶことにします。


2 ①「文章だけの表現」の場合
 まず、①については、当たり前のことですが「すべて文章で表現しなければならない」というのがもっとも大きな特色です。
 ①の表現形式で、具体例を描くとき、結構重要なのは、シーンの描き方です。つまり、「誰が」「どこで」「いつごろ」「どんなふうに」というようなシーンの細かな情報を文章できっちり描く必要があります。
 最低限、具体例でかかれているぐらいの情報を必ず(多くはいわゆる「地の文」で)表現しなければなりません。そうしないと、読者はどこでどんな風な場面で律子と美希がしゃべっているかわからないからです。
 しかも。
 ①の表現形式においては、そういう「シーンをどのように表現するか」、がそのまま作品の評価につながっている所があります。
 ちょっと想像していただければわかると思いますが、具体例の内容をそのままの文章で書いてもちっともおもしろい文章にはなりませんよね?
 そして、①の表現形式のおいては、文章しか存在していないため、「文章がおもしろくない」=「作品がおもしろくない」と直結しがちになります。
 
 この辺が①の表現形式の特色であり、最も難しい点であるとも言えるでしょう。


3 ②「文章と映像とBGMによる表現」の場合
 次に、②についてです。
 中南海Pがノベコラの第三回などででも触れているように、ノベマスの構成要素は、大きく言って、「文章、映像(絵)、BGM」です。
 要するに、①の表現要素に、映像とBGMが加わるということです。
 
 このような②の表現形式で具体例を描くとすると、どのようになるでしょうか。
 
  まず、考えられるのは、シーン描写に関する「地の文」の撤去です。
 ②には、映像があります。従って、背景として765プロの一枚絵を使用することによって、わざわざ場所がどこであるかを言う必要がありません。
  加えて。
 キャラクター絵を使用することにより、キャラクターの心理もある程度表現することが出来ます(例えば、律子の顔を怒ったグラフィックにしたり場合によっては拡大したり一瞬揺らしたりすることによって、律子が怒っているのだということを文章が無くても視聴者は知ることが出来ます。さらには、BGMの使用によって映像がもたらすメッセージ性はより高まることになります)。
 
 個人的感想で言えば、この点の違いは非常に重要です。
 
 私の経験上、①における表現形式の場合、もっとも難しいのが「キャラクターの心情の表現」です。
 ここをどううまく表現できるかによって、その人の文章力が決まると言っても過言ではないと思っています。
 しかしながら、②の表現形式では、あえてその難しい部分の表現をスルーすることができる可能性があります。
 
 これは非常に重要な差異であるといえるでしょう。
 
 とはいえ。
 
 それ故の難しさも存在しています。
 
 文章で表現しなくてよいということが、「作品中で描かなくて良い」ということにつながるわけではありません。むしろ、キャラクターの心情については、作品で描かなければならないものの一つであるとすら言えます。
 とういうことは。
 ②の表現形式においては、(キャラクターの心理表現について)「どういう画面構成をとるか」と「そこにどんな音楽をつけるか」という点にかなりの比重があるとも言えます。
 言ってみれば、②の表現形式においては、文章における比重が減る変わりに、映像とBGMの比重がおもくなるものであると言えるのです。


4 ③「映像と音楽による表現」の場合
 最後に③についてです。
 
 なのですが。
 
 結論から言うと、具体例を③の表現形式で描くのは非常に困難です。
 理由は簡単です。
 ①の場合で述べましたが、具体例を描くためにはシーン描写が重要となります。
 しかし、③における表現形式は、「映像(ノーマルPV)」と「音楽(楽曲)」しかありません。つまり、そもそも「文章」が要素として存在していません。
 従って、シーンを描写できないのです。
(もちろん、ストーリー系PVの存在が示すとおり、③の表現形式で具体例の描写が絶対に出来ないというわけではありません。ここでは、あくまで典型例について語っていると考えていください。)
 
 この点をより敷衍すると、③の表現形式の場合、描く対象として適切なのは、「映像がもたらすより抽象的な感覚」であるということです。
 
 「この曲を律子で歌わせたらこんなにかわいい」
 「真がこの曲にあわせてダンスしてくれたらすごいかっこいい」
 
 ③が描けるのは以上のような漠然とした感覚に近いものがあり、その点がこの表現形式の特色であるといえるでしょう。


5 「伝えたいもの」の中身と表現形式の選択
  では、以上の差異が「伝えたいもの」にどのような影響を与えるのでしょうか。
 
 私の経験から誤解を恐れずに言えば、表現形式は「伝えたいもの」の中身をある程度決定づけると思います。
 前述しましたが、③の表現形式で具体例を描くのは困難です。つまり、裏を返せば、PVPは具体例によって伝えられることを描くことが出来ないということでもあります(もちろんこの辺は極論している部分であり、絶対に無理かと言われるとそうでない可能性も存在します)。
 
 同じようなことは、①と②でも存在しています。
 たしかに、①と②の表現形式では、前述のように、一定程度の互換性はあるといえます。
 しかし、「文章だけ」で伝えられるものと「文章・映像・BGM」で伝えられるものとでは、やはり違いが存在します。そして、この違いは、③の場合と同じように「伝えたいもの」の中身に影響してくるのです。
 例えば。
 ②の表現形式では、アイドル達の汎用立ち絵を使用することが多いです。しかし、この立ち絵、ノベマスを作ったことがある方ならご存じのとおり、それほど表情の種類があるわけではありません。特に、現状、アイドルマスター2の立ち絵については、無印のそれと比べて、表情の種類が少ないという問題点があります。
 立ち絵の表情は、そのキャラクターの心情をより直接に表現します。しかし、立ち絵の種類が限定されていることから、描ける心情は自ずと限られてきてしまいます。特に、単純な喜怒哀楽にわりきれない、より複雑で微妙な心情については、立ち絵にその表情が無いこともあり、描くことが困難であると言えるでしょう(そのため、私はわざとアイドルの表情を映さない演出をとったこともあります)。
 つまり、キャラクターの心情が立ち絵という表現手段によってある程度決められてしまう側面があるということです。

 以上のように、なにげなく選択した表現形式のはずが、場合によっては、そもそもの根幹である「伝えたいもの」の中身を決定するというのは、忘れがちですが非常に重要なことだと思います。


 ところで。
 
 また私の話をさせてもらうと、私の「伝えたいもの」の根幹は、一言で言ってしまえば、
 
 
 「アイドルってこんなにステキなんだよ!」
 
 
 ということにつきます。
 
 ここまで単純化された「伝えたいもの」の場合、さまざまな費用対効果を考えると、PVという表現形式が一番しっくりきます。
 だから私は最近、PVばかり作っています。
 これも「伝えたいもの」と表現形式が密接に関連していることの一つの証だと思います。


6 最後に
 なんだか私自身がノベマスを作らない理由について釈明しているだけのような感じになってしまいましたが、最後にまとめを少し。
 
 表現形式は、「伝えたいもの」の中身を決めていく部分があります。
 
 もし、あなたが制作者なら、自分の伝えたいものがその表現形式で充分伝わるかどうかという点を一度考えてみると良いかも知れません。そのことが、自分の表現の幅を広げることにつながるはずです。
 
 もし、あなたが見る専であるのなら、作者がどうしてこの表現形式を選んだのかを考えてみるのも作品をより深く理解するための一つの方法になると思います。
 ぶっちゃけてしまうと、動画に関しては技術不足が表現形式決定の大きな要因の一つというのも事実です。
 とはいえ、ノベマスの中にも、文章に比重を置いているもの、映像に比重を置いているもの、音楽に比重を置いているものがあります。熟練した表現者なら、その形式を選んだ理由をまがいなりにも持っているはずですから、その辺を考えるのも解釈としておもしろい作業だと思います(ノベマスの表現形式についての比重については、もし次回があれば、論じてみたいと考えていたりします。)
  
  以上で私のノベコラは終了です。
  
 ものすごい長文におつきあいいただきまして、本当にありがとうございました。
 ご意見ご感想があったりした場合は、ツイッターまでいただけるとうれしかったりするのです♪
 
  最後までありがとうございました。






◆半角P

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